AI・生成AIインターネットに一切つながないAI検索は実現できるのか。Googleの「主権的な検索」の仕組みを確かめる
機密文書は外に出せない——そんな組織向けの隔離型AI検索。基盤のIL6認定とFedRAMP High管理策への整合を一次資料で確かめた
まず初めに
「クラウドなのに、インターネットにはつながない」と聞くと、なぞなぞみたいだ。普通クラウドというのは「よそのコンピューターを借りる」ことで成り立っているはずなのに、今回Googleが用意したのは「よそのコンピューターの仕組みだけを、まるごと施設の中に閉じ込める」という力技。スマホの便利さをそのまま持ってきて、SIMカードだけ抜いた状態で使わせる、くらいの豪快な発想だ。機密情報を扱う組織からすれば、「便利だけど外には漏れない」という組み合わせこそが欲しかったものなのだろうが、そのためにNVIDIAの最新GPUを施設内に丸ごと持ち込む発想は、さすがに桁が違う。
※個人の感想です
何が起きているのか
Google(著者:Rohan Grover氏)は2026年10月21日、国家安全保障機関やデータ主権規制の厳しい組織向けに、「Google Distributed Cloud(GDC) air-gapped」上で動くエンタープライズ検索機能をプレビュー提供すると発表しました。発表文では、機密報告書や現場向けマニュアルといった機微なデータは顧客の施設(構内)の外に一切出せないため、従来は公共クラウドの検索やマルチモーダル分析を使えず、隔離されたネットワーク内に専用のインフラを一から構築する必要があり、構築・保守に数か月かかっていたと説明されています。今回の機能は、NVIDIAの最新GPU「Blackwell Ultra」(HGX B300システム)で高速化された、完全マネージド型の検索拡張生成(RAG)検索環境で、インターネットやGoogle Cloudのグローバル基盤への接続を一切持たずに動作するとしています。
利用者は、長文のマニュアルや報告書、規程を横断して質問でき、回答がどの文書に基づくかを引用付きで確認できます。ある言語で質問して、別の言語で書かれた文書に基づく回答を得ることや、翻訳も可能だとしています。音声・動画・画像・表計算データを、個別の文字起こしやOCR(文字認識)を行わずに組み合わせて質問できる点も特長としており、会話とアップロードしたファイルはセッションをまたいで保持されます。対応形式はPDF・Word・PowerPoint・Excel・TXT・HTML・PNG・JPEG・WAV・MP4で、ファイル1件あたり100MB、チャット1件あたり500MBが上限です。「OCRなしで音声も画像も表計算も一括処理」と聞くと簡単そうだが、裏側でこれを施設内だけで完結させる以上、相当な計算資源を抱え込む覚悟が必要になる。
仕組みは4つの層に分かれています。まず利用者は組織のIDプロバイダでサインインし、管理者が設定した権限グループに従ってアクセスが制限されます。アップロードされたファイルはオブジェクトストレージに保存され、Geminiの埋め込みモデルによってベクトル化されたうえでPostgreSQLデータベースに格納されます。質問も同じモデルでベクトル化され、関連データを検索した上で、GDC環境内のNVIDIA HGX B300システム上で動くGeminiのエンドポイントへ送られ、引用付きの回答がストリーミングで返されます。CSVやExcelなどの表データの分析には、Geminiが生成したPythonコードを、大規模なエージェント実行基盤「Agent Substrate」内の「gVisor」というサンドボックス技術で安全に実行する仕組みも備えているとしています。
セキュリティ面では、保存データをAES-256で暗号化し、鍵はローカルで管理されるHSM(ハードウェアセキュリティモジュール)で保護するとしています。通信にはFIPS承認アルゴリズムによるTLSを使用し、ローカルのID管理と連携したきめ細かなロールベースアクセス制御(RBAC)を提供します。GDC air-gappedは米国防総省(DoD)のImpact Level 6(IL6)認定を取得しており、FedRAMP Highのセキュリティ管理策に沿う設計だとしています。
なぜ重要なのか
この発表が重要な理由は、これまで「最新のAI検索の便利さ」と「機密データを外に出さない安全性」が二択だった状況に、両方を同時に満たす選択肢が加わった点です。発表文によれば、従来は隔離されたネットワーク内にカスタムのAI検索環境を一から構築する必要があり、モデル・音声認識・OCR・ベクトルデータベース・利用者向け画面をそれぞれ個別に組み合わせる作業に数か月を要していたとされています。マネージド型の環境が用意されたことで、この構築期間が大幅に短縮される可能性があります。
もう一つの重要な点は、対象が国家安全保障機関に限られない点です。発表文は「データ主権規制の厳しい組織」全般を対象に挙げており、政府機関だけでなく、規制の厳しい業種の組織にも関係してくる可能性があります。GDC air-gappedのIL6認定と、FedRAMP Highの管理策への整合は、機密性の高い用途を想定した基盤側の説明です。新しい検索機能自体がFedRAMP High認証を取得したという意味ではありません。こうした要件に対応する環境は、クラウド事業者間の競争軸の一つになるとIT Postでは考えます。
私たちへの影響
今回の発表で直接の対応が必要になるのは、機密データを扱う政府機関や、規制の厳しい業種のIT部門・セキュリティ担当者です。導入を検討する場合は、GDC air-gappedのドキュメントを確認するか、Google Cloudの担当者への問い合わせが案内されています。
一般の消費者が直接何かの対応を取る必要はありません。ただし、普段利用している行政サービスや金融機関が、こうした技術を使って業務を効率化することで、窓口対応や問い合わせへの回答が速くなるなど、間接的な形でサービス向上につながる可能性があります。一方で、AIが機密データに触れる機会が増えること自体が、どのような管理体制のもとで行われているかを、利用者側も意識しておく価値があります。
初心者が知っておくべきこと
検索拡張生成(RAG、Retrieval-Augmented Generation)とは、AIが答えを作る前に、関連する文書やデータベースを検索し、その内容を踏まえて回答を作る仕組みのことです。AIが学習した時点の知識だけに頼らず、最新かつ組織固有の文書を根拠にした回答を作れるため、企業や組織での利用が広がっています。
「エアギャップ(air-gapped)」とは、ネットワークを物理的・論理的に完全に分離し、外部のネットワークに一切接続しない状態を指します。今回のGDC air-gappedも、インターネットやGoogle Cloudの他の基盤から完全に切り離された環境で動作するとされています。
Q. 一般の企業でも、この仕組みをすぐ使えますか。
A. 発表文によれば、対象は国家安全保障機関や厳格なデータ主権規制を持つ組織で、現時点ではプレビュー提供です。一般提供済みの機能ではなく、導入条件はGDC air-gappedの契約と提供範囲を個別に確認する必要があります。
IT Postの見方——セキュリティのための設備投資か、もう一つの形のロックインか
IT Postは、機密データを扱う組織に、安全性を保ったままAI検索の便利さを届けるという方向性自体は、必要な取り組みだと考えます。これまで規制の厳しい組織ほど最新のAI技術の恩恵を受けにくいという不均衡がありましたが、今回のような仕組みが広がれば、その差は縮まる可能性があります。
一方で、IT Postでは、この「施設内に閉じ込めた専用環境」が、特定のクラウド事業者・GPUメーカーへの依存を一層強める仕組みでもある点に留意が必要だと考えます。*鍵は施設内で管理できても、金庫の基盤と保守を特定の事業者に頼る構図は残る。*NVIDIAの最新GPUとGoogleの基盤をセットで施設内に導入するという話である以上、乗り換えのハードルは相当高くなります。情報を外に出さないことと、特定事業者への依存を避けることは必ずしも両立しないという点を、導入を検討する組織は意識しておくべきだとIT Postは見ています。
※個人の感想です
今後どうなりそうか
発表時点では、提供開始時期や料金体系の詳細は明らかにされておらず、現時点ではプレビュー提供にとどまっています。IT Postでは、一般提供(GA)の開始や、実際に導入した組織の事例が明らかになった時点で、あらためて取り上げます。