セキュリティGoogleのクラウド境界防御「VPC Service Controls」はなぜフォルダ単位に変わったのか。AIエージェント時代の5つの新機能を確かめる
Googleが2026年10月15日に発表した、データ持ち出しを防ぐ「VPC Service Controls」の機能強化。フォルダ単位の自動継承や、ブロックされた通信を自動解決する新機能の中身を公式発表から確かめた
まず初めに
「エージェントが好きなだけ暴れ回っても安心です」とは、さすがのGoogleも言わない。むしろ逆で、「AIエージェントという得体の知れない新しい住人が増えたので、マンションの鍵をもう一段ちゃんと作り直しました」という発表だ。地味な話に聞こえるが、裏を返せば、今まさに企業のクラウドの中を自律的に走り回るエージェントが現実に増えているということでもある。鍵を作り直すスピードが、住人の増えるスピードに追いついているかは、これからの運用次第だろう。※個人の感想です
何が起きているのか
Googleは公式ブログ「Modernizing perimeter security: Scalable perimeters with VPC Service Controls」で、クラウド環境のデータ保護を担う「VPC Service Controls」(VPC-SC)に対する機能強化を発表しました。VPC-SCは、Google Cloud上に構築した環境の周囲に、認証情報の漏えいやIAM(Identity and Access Management、利用者やシステムの権限を管理する仕組み)の設定ミス、内部関係者による不正行為があった場合でも、データの持ち出しを防ぐための「境界」を設定する仕組みです。従来のファイアウォールよりも範囲を広げ、Google Cloudの内部でサービス同士がやり取りする通信にまで、ネットワーク層での保護を適用できるとしています。
今回の発表の背景として、Googleは「エージェントは、クラウド運用における根本的な変化を表している」と説明しています。AIエージェントは利用者に代わって、あるいは自律的に行動し、非決定的な(毎回同じ結果にならない)判断を下し、前例のない速さと規模で複数のプロジェクトをまたいでデータを要求してくるため、人間とは異なる種類の「非人間アイデンティティ」(NHI)として、独自のセキュアバイデフォルト(Secure by Default、初期設定の時点で安全になっている設計)の仕組みが必要になるとしています。手動で運用する従来のネットワーク境界は、今日の機械的な速度で行われる攻撃に対しては脆弱であり、過度に緩い境界は不正なデータ持ち出しのリスクを高める一方、過度に厳しい境界は、正当な通信まで誤ってブロックしてしまい、開発作業を止めてしまうという板挟みがあると説明されています。「厳しすぎても緩すぎても困る」というのは、結局子育てと同じ悩みだ。
今回追加された機能強化は、いずれも追加費用なしで、すぐに使える一般提供(GA)の扱いです。1つ目は、保護の対象を「フォルダ」単位で指定できる機能です。管理者がフォルダを境界のメンバーに加えると、そのフォルダに含まれる全てのプロジェクトと、入れ子になったサブフォルダに、アクセス方針が自動的に継承されます。新しく追加されたワークロード(実際に処理を行うシステムの単位)は、追加の設定変更をしなくても自動的に保護の対象になるほか、プロジェクトが別の場所に移動した際も、境界のメンバーシップが自動的に更新されるとしています。この機能は、本番環境に適用する前に実際の通信への影響を確認できる「Dry-Runモード」でも利用できます。
2つ目は、通信の許可・拒否を定める「ingress(内向きの通信)・egress(外向きの通信)ルール」でも、個別のプロジェクトではなくフォルダや組織単位を直接指定できるようになった点です。1つの階層への参照だけで、その配下にある複数のプロジェクトをまとめて扱えるため、ルールを簡潔に保てるほか、後から階層内に追加されたプロジェクトにも自動的にアクセスが拡張されます。3つ目は、「Private Service Connect」(PSC、インターネットを経由せずにGoogleのAPIへアクセスするための専用の接続経路)のエンドポイントを、ingress・egressルールの中で直接指定できるようになったことです。
4つ目は、「VPC accessible services」における「サービスパターン」機能で、プライベートなIPアドレス経由でアクセスするGoogleのAPIについて、特定のURLパターンに限定したきめ細かな制御ができるようになりました。これにより、egressの通信に「org-restriction-headers」(アクセス先を特定の組織に限定するための情報)を付加することもできるようになり、専用のプロキシ(通信を中継する仕組み)を別途管理する必要がなくなったとしています。5つ目は、「Guided Violation Remediation」という機能で、境界の設定によって通信がブロックされた際、ブロックされた通信を分析する「VPC-SC Violation Analyzer」の中で、なぜブロックされたかの原因分析に加えて、必要最小限の権限追加にとどめた具体的な修正案(ingressルール・egressルール・アクセスレベル・VPC accessible servicesの更新など)を提案してくれる機能です。Googleは、この機能によって、ブロックされた通信の解決にかかる時間を「数日から数分に」短縮できるとしています。提案された修正案は、Dry-Runモードで事前に検証できるとしています。
なぜ重要なのか
Googleは、今回の機能強化を、AIエージェントのように自律的に動く仕組みが企業のクラウド環境の中で増えていく将来を見据えたものと位置づけています。公式ブログは、これまでの境界設定が、人間の管理者が個々のプロジェクトを手作業で登録・管理するモデルを前提としていたのに対し、フォルダ単位での自動継承や、組織の階層構造に沿った設定ができるようになったことで、「組織がすでに統治しているリソース階層に沿ってセキュリティの範囲が追従する」仕組みに変わったと説明しています。
特に、ブロックされた通信の解決を自動化する「Guided Violation Remediation」は、管理者が「とにかく早く動かしたい」という圧力に負けて、境界を広く緩めてしまう事態を防ぐことを狙った機能だと位置づけられています。Googleは、顧客企業であるBlackLineがこの「Violation Analyzer」を使って調査業務を効率化している事例を紹介しています。
私たちへの影響
この発表は、一般の消費者が直接何かを変更する必要がある内容ではありません。影響を受けるのは、企業でGoogle Cloudを使ってシステムを運用しているIT管理者・セキュリティ担当者です。もっとも、こうした企業のクラウド基盤を支える仕組みが強化されることは、普段私たちが利用しているWebサービスやアプリの裏側で、個人情報などのデータがより確実に守られる土台につながる可能性があります。
企業のIT部門にとっては、AIエージェントを業務に導入する際のセキュリティ対策を検討する上で、クラウド事業者側がどのような防御の仕組みを提供しているかを把握する材料になります。特に、フォルダ単位の自動継承や、ブロックされた通信の自動解決提案は、これまで個別のプロジェクトごとに手作業で設定・調整していた作業の負担を減らすことにつながります。
初心者が知っておくべきこと
「非人間アイデンティティ」(NHI、Non-Human Identity)とは、人間の利用者ではなく、プログラムやAIエージェント、システム同士の連携などが持つ「身分証明」のようなものです。従来のセキュリティ対策は、主に人間の利用者を想定して作られていましたが、AIエージェントのように自律的に動き、人間よりもはるかに速い速度で多数の処理を行う仕組みが増えたことで、こうした非人間の存在をどう管理するかが、セキュリティ業界全体の課題になっています。
Q. 自分が使っているサービスの会社がVPC Service Controlsを使っているかどうかは、利用者から確認できますか。
A. 出典には、利用者側からVPC-SCの利用状況を確認する方法についての記載はありません。VPC-SCは、企業がGoogle Cloud上でシステムを運用する際に管理者が設定する仕組みであり、一般の利用者が直接操作するものではないとされています。
Q. この機能強化によって、企業がクラウドで扱うデータの安全性は確実に高まりますか。
A. 出典では、今回の機能強化が境界設定の管理・運用をしやすくすることを目的としていると説明されていますが、実際にどの程度データ持ち出しのリスクが減ったかを示す具体的な効果測定の数値は示されていません。
IT Postの見方――鍵の作り方が賢くなっても、鍵をかけ忘れる人間がいる限り意味は半分
IT Postは、フォルダ単位の自動継承や、ブロックされた通信への修正案の自動提案といった仕組みは、地味だが実務上はありがたい改善だと考える。これまで、プロジェクトが増えるたびに手作業で境界設定を追加し、通信がブロックされればログを見ながら原因を探るという作業に時間を取られてきた現場の負担を、確実に減らす方向の機能強化だろう。
ただし、こうした「自動化された安全装置」がどれだけ優秀でも、最終的に「このフォルダを境界に入れる」「この修正案を承認する」と判断するのは、やはり人間の管理者だ。Googleが「数日から数分に短縮」と胸を張る今回の機能も、裏を返せば、今まで数日かかっていた判断を、数分で通してしまう場面が増えるということでもある。判断のスピードが上がるほど、1つのミスが広がる速度も上がる。便利な道具を手にしたことと、それを正しく使いこなせることは別の話だと、IT Postは考える。※個人の感想です
今後どうなりそうか
Googleは、VPC-SCのドキュメントを通じて、フォルダ単位の境界設定からDry-Runモードでの検証、Violation Analyzerによる解決、本番環境での適用という4段階の導入手順を案内しています。今回の機能強化がどの程度利用企業に浸透し、実際の運用負担の軽減につながるかについては、発表時点では明らかにされていません。IT Postでは、新しい事実が確認され次第、あらためて取り上げます。