まず初めに
「過去最多」という見出しを見て、電卓だけが先に走り出すのは困る。今回のレポートには、数える仕組みや製品ごとの発表時期の影響がある一方、見逃せない観測結果もある。公開と悪用は件数の桁が違うが、指数化した伸び率はほぼ並走。AI発見と推定されたデータのリスク分類も、いつものCVSSとは別だ。数字に仕事をしてもらうなら、単位と物差しぐらいは揃えてから渡したい。※個人の感想です
何が起きているのか
Googleの脅威インテリジェンスチーム(GTIG)は、2026年9月30日、「Vulnerability Discovery and Exploitation Trends in the AI Era」と題したレポートを公開しました。レポートによると、月ごとの脆弱性公開件数(CVE、共通脆弱性識別子として登録された件数)は、2026年1月の5,045件から7月には10,477件まで増加し、8月には10,740件に達したとしています。
GTIGは、この件数の増加をそのまま「危険度の増加」と受け取るべきではないと注意を促しています。例えば、説明文に「Linux Kernel」という単語を含むCVEだけで、2026年1月から8月までに約5,000件が登録されましたが、このうち実際に悪用が確認されたゼロデイ(修正前に悪用された脆弱性)は無かったとしています。CVEを発行する団体(CNA)による自動的な登録の仕組みが、件数を押し上げている面があるという指摘です。
一方で、GTIG独自の脆弱性リスク評価で「High-Risk」(高リスク)とされた脆弱性に絞ると、2026年1月の131件から8月には350件(167%の増加)に増えており、これは全体の件数のうち約3%にとどまるものの、増え方自体は無視できないとしています。この増加の背景には、4月から5月にかけて集中したルーター製品「TOTOLINK」関連の高リスク脆弱性75件や、8月に発表されたOracleとLinux関連の脆弱性128件(その月の高リスク脆弱性全体の約37%)といった、特定製品のまとまった発表が影響しているとGTIGは説明しています。「件数が増えた」の中身を1つずつ崩していくと、意外と地味な原因が出てくるのが面白い。
実際に悪用が確認された脆弱性の件数については、2025年は月平均10.5件だったのに対し、2026年1月から8月までは月平均18件に増え、この8か月間で141件が悪用されたと報告されています。これは2025年の1年間全体での悪用件数(127件)を、8か月の時点で既に上回っている計算です。ただしGTIGは、公開された脆弱性全体のうち実際に悪用が確認されたものは2026年でも0.23%(約431件に1件)にとどまり、その比率自体は小さいままだとしています。
ここでいう絶対件数の差と、増加率の差は別です。原典の成長率比較図は2025年1月を基準に指数化し、3か月移動平均で比較しています。その図では悪用127%増・公開128%増とほぼ同じ伸びです。月の悪用件数が公開件数より少ないことを、悪用の増加率も大幅に低いという意味には置き換えません。
ゼロデイ(修正が公開される前に悪用される脆弱性)の悪用件数は、2025年の月平均8件から2026年は月平均11件へと、やや緩やかな増加にとどまっています。ただし8月単月では22件まで跳ね上がり、2026年1月から8月の間に悪用が確認された脆弱性全体のうち、ゼロデイが占める割合は62%に達したとしています。高リスク脆弱性の悪用件数も、2025年の28件から2026年1月から8月の75件へと2倍以上に増えています。GTIGは、攻撃者が新しいゼロデイを探すより、公開済みの修正パッチの差分や実証コード(PoC)を分析して、既に修正済みだが未適用の脆弱性(いわゆる「Nデイ」)を急いで武器化する動きが目立つと分析しています。ネットワーク機器などの「エッジ」製品やセキュリティ製品が、悪用された脆弱性全体の14%を占め、企業向けのディレクトリサービスやコラボレーションツールが11%を占めたとしています。
なぜ重要なのか
今回の比較は、公開情報からGTIGがAI発見と推定できた脆弱性と、非AI手法(人・スキャナーなど)による脆弱性のデータが対象です。分類はGTIG独自の脆弱性リスク評価で、CVSSの深刻度分類ではありません。AI発見と推定されたデータのLowは39%(非AIは69%)、Mediumは58%(同28%)、Highは4%(同3%)でした。原典は、AI帰属の情報が十分に整備されていないことや、調査プログラムが重要な攻撃面を選んでいる可能性も指摘しており、すべてのAI発見の性質を断定する比較ではありません。
このAI発見と推定されたデータでは50%が「RCE(遠隔コード実行)」につながるとされ、非AI手法のデータの26%より高い割合でした。RCEは遠隔からコードを実行できるという意味で、この割合自体がすべての対象で実際の乗っ取りを観測した件数ではありません。GTIGは、実際の事例として、AIによる脆弱性診断サービス「Hacktron」が発見した、BeyondTrust社の「Privileged Remote Access」「Remote Support」製品における認証不要のOSコマンドインジェクション脆弱性「CVE-2026-1731」を挙げています。この脆弱性は、公開からわずか4日で攻撃グループによる悪用が始まり、7日以内にさらに5つの攻撃グループが追随したとしています。
私たちへの影響
このレポートは公開脆弱性とGTIGが観測した悪用の傾向を分析したもので、個々の製品や利用者の安全性を判断する資料ではありません。企業の優先順位付けの材料として、利用製品に影響する条件と公式の修正案内を確認するために使えます。
GTIGは、AIを使ってアプリケーションやAIモデルを連携させる「エージェントのオーケストレーション(編成)フレームワーク」(Flowise、Langflow、LangChainなど)に関する脆弱性が、2026年1月から8月のAI関連の脆弱性の約50%を占めたとしています。また、AIモデルを動かすための「推論サービング」関連ソフト(vLLM、Ollama、LiteLLMなど)についても、2026年に212件の脆弱性が公開され、このうち約24%が、認証なしでアクセスできるAPIや、サーバーを踏み台にした不正な通信(SSRF)に関わるものだったとしています。実際に悪用が確認された例として、LiteLLMのコマンドインジェクション「CVE-2026-42271」、Langflowのファイル書き込み脆弱性「CVE-2026-5027」などが挙げられています。企業がAIを急いで導入する動きの裏側で、こうした足回りのソフトウェアの脆弱性対応が後手に回るリスクがあるといえます。
初心者が知っておくべきこと
「CVE」とは、見つかった脆弱性1件ごとに付けられる世界共通の識別番号です。CVEの「件数」は、脆弱性の深刻さそのものを表す指標ではなく、あくまで登録された件数であることに注意が必要です。
「ゼロデイ」とは、修正(パッチ)が公開される前の段階で、既に悪用が確認されている脆弱性のことです。これに対して、修正が公開された後、まだ適用されていないシステムを狙う攻撃は「Nデイ」と呼ばれます。
Q. 脆弱性の件数が増えているなら、ソフトを使うのは危険になっている?
A. 出典で確認できた範囲では、件数の増加の一因は集計方法や自動登録の仕組みによるもので、2026年1月から8月の集計で、実際の悪用が観測された割合(0.23%)は小さいとされています。これは未観測の悪用がないことを保証する数字ではありません。件数の増加だけをもって「以前より危険になった」と単純に結論づけることは、GTIGの説明からは支持されません。
IT Postの見方――数字のマジックに騙されず、本当に効く部分だけ見る
IT Postは、今回のレポートの一番の功績は「過去最多」という見出しの裏側を、ちゃんと数字で解体してみせたことだと考える。Linux Kernelというキーワードだけで5,000件増えました、なんて聞かされると、脆弱性の「件数」という指標そのものへの信頼が、少しぐらついてもおかしくない。
その一方で、AI発見と推定された公開データではGTIGのLowが少なくMediumが多く、RCEにつながる割合も高いという観測は、見落としたくない。だからこそ、これをCVSSの深刻度や、すべてのAIの性能にすり替えず、対象を限定して読むべきだとIT Postは考える。企業がAIを急いで導入する一方で、AIを動かすための足回りのソフトの脆弱性対応が追いついていないとしたら、それは「便利な道具を急いで使い始めたら、土台が追いついていなかった」というよくある話の、2026年版だとIT Postは考える。※個人の感想です
今後どうなりそうか
GTIGは、脆弱性の発見と悪用のペースが、短期から中期的には上昇を続けると見込んでいます。対応として、優先順位をつけずに片っ端から修正パッチを当てる運用から、脅威インテリジェンス(攻撃の実態に関する情報)に基づいて優先順位を決める運用への転換、そしてリリース前にAIを活用したコードレビューを行うことを提言していますが、業界全体でどこまで浸透するかは発表時点では示されていません。IT Postでは、新しい事実が確認され次第、あらためて取り上げます。