OpenAIは2026年10月26日、「Working with academic communities to build scientific understanding(学術コミュニティと協力して科学的理解を築く)」と題した記事を公式サイトで公開し、数学・計算機科学・物理の3分野で「3つの新しい発見」を発表しました。
同社は今回の原稿を「未加工の研究データ(raw research data)」と位置付けています。それを科学的な理解に変えるため、外部の専門家に「シェパード(案内役)」を依頼し、成果ごとに異なる公開方法を選びました。
計算機科学の成果は、指数時間仮説(Exponential Time Hypothesis、ETH)に関するものです。ETHは、ブール式の充足可能性(SAT)という基本問題について、「本質的に指数時間が必要だ」という長年の予想で、P対NP問題とも深く関係します。この仮説は広く正しいと信じられ、グラフ理論、計算生物学、データベース、計算幾何学など幅広い分野の数百本の論文で、「これ以上速く解けないこと」の条件付きの根拠として使われてきました。
検証を担うのは、Russell Impagliazzo(UC San Diego)、Ramamohan Paturi(UC San Diego)、Ryan Williams(MIT)の3氏が率いるグループです。ImpagliazzoとPaturiは、Francis ZaneとともにETHの提唱者本人です。AIの自然言語による反証は2026年10月16日に得られ、10月17日にLeanで形式化されました。グループの求めに応じて生データは全て公開され、この主張を公の場で検証する取り組みへの参加が広く呼びかけられています。OpenAIは、分野全体への影響を議論する会議への資金提供も約束しました。
A. Leanは、証明の論理ステップに飛躍や矛盾がないかを機械が検査する仕組みです。形式化された範囲については強い裏付けになります。ただし、「元の主張を正しく形式化できているか」「前提条件の置き方に問題がないか」は人間の専門家が確認する部分で、今回まさに外部グループが担っているのがその役割です。機械検査と専門家の吟味は、車の両輪です。
Q. ETHが誤りだと、パスワードや暗号は危なくなるのですか。
A. 今回の主張は、計算の難しさに関する理論上の予想についてです。仮に主張が正しくても、それは「理論的にはもっと速い方法が存在しうる」という段階の話で、現実の暗号がすぐ解読できるようになるという意味ではありません。OpenAI自身、実用的な改善には大きな追加研究が必要だと述べています。
Q. なぜ成果ごとに公開方法が違うのですか。
A. OpenAIによれば、数学は「出力を公開して研究者に委ねる」、計算機科学は「公開しながら専門家グループが解説する」、物理は「専門家グループが書き上げるまで資料を公開しない」という判断で、専門家の助言をもとに決めたとしています。同社は「どの方法が最も役立つかはまだ分からない」と率直に述べており、公開方法そのものが実験だという位置付けです。
IT Postの見方——「証明した」より「検証の設計」が本当の発表だった
IT Postでは、今回の発表の核心は3つの成果そのものではなく、検証の設計にあると考えます。仮説の提唱者本人を検証のリーダーに据え、NDAなし・無報酬・結論の公表は自由、という条件を先に宣言した。これは「信じてください」ではなく「壊してみてください」と言うための条件設定だ。AIの出す主張が人間の専門家を上回る規模と速度で増えていく時代に、ボトルネックは生成ではなく検証になる、という現実を、OpenAIが手続きの形で示した格好である。