AI・生成AI AlibabaやMoonshotは、Claudeを『こっそり借りて』いたのか。Anthropicが暴いた合計2億件のやり取りを確かめる Anthropicが2026年9月10日、Alibaba・Moonshot AI・DeepSeekなど中国拠点のAI企業がClaudeの回答を無断で使い自社モデルを鍛えていたとする分析を公表。5件のキャンペーンで確認された約2億件のやり取りの中身を確かめた
まず初めに
*「参考にする」と「まるごと借りる」の間には、案外広くて深い溝がある。*その溝を軽やかに飛び越えていたのが、今回名指しされた5社だとAnthropicは言う。中でもMoonshotに至っては、利用者からの質問をこっそりClaudeへ転送し、返ってきた答えを何食わぬ顔で自社AI「Kimi」の回答として表示していたというのだから、もはや宿題を写すレベルの話ではない。答案用紙ごと隣の席から借りてきて、名前だけ書き換えて提出していたようなものだ。※個人の感想です
生成AIによるイメージ。実物や実際の画面ではありません。
何が起きているのか
AI開発企業のAnthropicは2026年9月10日、公式に「2026年9月版 脅威インテリジェンスレポート」を公開し、その一部として、中国に拠点を置く複数のAI企業が、同社のAIモデル「Claude(クロード)」の出力を無断で利用し、自社のAIモデルを訓練する目的で使っていたとする分析結果をまとめました。今回名指しされたのは、Alibaba(アリババ、AIモデル「Qwen」を開発)、Moonshot AI(ムーンショットAI、対話AI「Kimi」を開発)、DeepSeek(ディープシーク)、Zhipu(チーパイ、「Z.ai 」ブランドで展開)、Xiaomi(シャオミ、AIモデル「MiMo」を開発)の5社です。
Anthropicが「蒸留じょうりゅう (distillation。あるAIモデルの出力を教材として使い、別のAIモデルを訓練する手法)」と呼ぶこの行為は、本来であれば許諾を得たうえで行われるべきものです。しかし今回Anthropicが確認したという5件のキャンペーンは、いずれも同社の利用規約で認められていない方法で行われていたとされています。Anthropicの分析によれば、5件のキャンペーン全体で確認されたClaudeとのやり取りの総数は、合計でおよそ2億件に上ります。
内訳として最も規模が大きいとされるのがAlibabaで、2026年5月から7月にかけて、3500以上の不正なアカウントを通じて1億5100万件を超えるClaudeとのやり取りが確認されたとしています。1日あたりの件数はピーク時で約300万件に達し、Anthropicはこれを「これまでに確認した中で最大規模の蒸留キャンペーン」だと説明しています。得られた回答はAlibabaのAIモデル「Qwen」の訓練に使われたとみられるとしています。
Moonshot AIについては、他社とは異なる手口が指摘されています。同社の対話AI「Kimi」の利用者からの質問の一部を、利用者に知らせないままClaude(主にClaude Opus)へ転送し、返ってきた回答をKimi自身の回答であるかのように表示していたとされています。ある約10日間の期間だけで、5380個の不正なアカウントを通じておよそ30万件の利用者からの質問が転送されており、2026年5月から7月にかけての蒸留行為全体では2300万件を超えるやり取りが確認されたとしています。
DeepSeekについては、2026年7月のおよそ2週間の期間に1200万件を超えるやり取りが、蒸留行為に関連するものとして確認されたとしています。Zhipu(Z.ai )は、Claudeが回答を導き出す際の思考過程(Chain of Thought、いわゆる「考える過程」の記録)を抜き出して再利用する仕組みを使っており、2026年6月から7月にかけての17日間で340万件を超えるやり取りが確認されたとしています。Xiaomiについては、自社のAIモデル「MiMo」の利用者からの質問やコーディング作業のやり取りを保存しておき、それを後からClaudeに入力し直して訓練データを生成する手口が使われていたとされています。
生成AIによるイメージ。実物や実際の画面ではありません。
企業
主なAI製品
確認された規模・期間
Alibaba
Qwen
1億5100万件超、2026年5~7月、不正アカウント3500超
Moonshot AI
Kimi
2300万件超(5~7月)、うち10日間で30万件・不正アカウント5380
DeepSeek
(DeepSeekモデル)
1200万件超、2026年7月の2週間
Zhipu(Z.ai )
(GLM系モデル)
340万件超、2026年6~7月の17日間
Xiaomi
MiMo
件数は非公表(手口はユーザー入力の保存・再送)
なお、本稿執筆時点で、名指しされた各社からの公式なコメントは確認できていません。
なぜ重要なのか
今回の分析が重要なのは、AI企業どうしの競争が、これまでの「性能で競う」段階を超えて、「相手のAIの出力そのものを無断で借用する」という形にまで及んでいる実態を示した点です。Anthropicの利用規約は、Claudeの出力を使って競合するAIモデルを訓練することを禁止しており、今回の一連の行為はこの規約に違反するとAnthropicは主張しています。仮にこうした行為が繰り返されれば、開発に多額の投資と時間をかけてAIモデルを訓練している企業にとって、その投資の意味そのものが損なわれかねません。
また、Moonshotのケースのように、利用者に知らせないまま別のAIの回答をそのまま転送していたとされる点は、利用者との信頼関係にも関わる問題です。「Kimiに質問したつもりが、実は別の会社のAIが答えていた」ということが仮に事実であれば、利用者は自分がどのAIとやり取りしているのかを正しく認識できていなかったことになります。AIサービスの裏側で実際に何が動いているかが利用者から見えにくい、という構造的な問題を浮き彫りにした事例だともいえます。
私たちへの影響
今回の件は主に企業間の争いであり、日本の一般利用者が直接何かの対応を迫られるものではありません。ただし、ふだん利用しているAIチャットサービスの裏側で、実際にはどのAIモデルが回答を生成しているのかは、利用者からは必ずしも明確に分からないという点は、あらためて意識しておく価値があります。特定のAIサービスを選ぶ際には、そのサービスが自社開発のモデルを使っているのか、他社のモデルを組み合わせて使っているのかを、提供元の説明で確認する習慣を持っておくとよいでしょう。
初心者が知っておくべきこと
「蒸留(distillation)」とは、もともとは化学の用語ですが、AIの世界では「性能の高いAIモデル(教師モデル)が出す答えを大量に集めて教材とし、それを使って別のAIモデル(生徒モデル)を訓練する」手法を指す言葉として使われています。開発コストや計算資源を抑えながら、高性能なAIに近い能力を別のモデルに持たせる目的で使われる、AI業界では広く知られた正当な技術です。ただし、今回のケースのように、元のAIモデルを提供する企業の許可を得ずに、利用規約に反する形で大規模に行われた場合は、「無断利用」や「規約違反」として問題視されることになります。
IT Postの見方――借りたものは、せめて名乗ってから使ってほしい
IT Postでは、AI企業同士が互いの技術を参考にし合うこと自体は、業界の発展にとって自然な競争のかたちだと考える一方で、今回Anthropicが指摘したような「無断で答案を丸ごと借りて、自分の名前で提出する」やり方には、率直に感心しない。
*1億5100万件という数字を見せられると、もはや「参考にした」というレベルを通り越して「間借りしていた」という表現のほうがしっくりくる。*特にMoonshotのケースは、利用者から見れば「自社のAIに質問したつもり」が「実は他社のAIが答えていた」という状態だったとされ、これはAIの中身の話以前に、利用者への説明責任の問題だとIT Postは考える。もっとも、今回名指しされた企業側からの反論や説明は、本稿執筆時点ではまだ確認できていない。Anthropic側の言い分だけを鵜呑みにするのは早計であり、今後、各社がどのような説明をするのか、業界内のルール整備がどう進むのかを、IT Postは引き続き見ていきたいと考える。※個人の感想です
生成AIによるイメージ。実物や実際の画面ではありません。
今後どうなりそうか
Anthropicは今回の分析を踏まえ、関与したとされるアカウントを組織単位でまとめて停止したほか、リスクの高い地域からの利用者に本人確認を義務付けるなど、対策を強化したとしています。今回の指摘に対して名指しされた各社がどのような説明や対応を取るのか、また業界全体でAIモデルの出力の利用ルールがどのように整理されていくのかについては、本稿執筆時点では明らかになっていません。IT Postでは、各社からの反応や続報があれば、あらためて取り上げます。